大分県 クロスバイクでサイクリング 臼杵市・自転車

大分県臼杵市へクロスバイクでサイクリングしてきました。

 

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出典:http://www.usuki-kanko.com/
臼杵市は、味噌・醤油や地酒などの醸造の町であり、国宝の臼杵石仏や二王座歴史の道を代表とする城下町の町並みが残っている歴史と文化の町として知られています。
今と昔が交差する臼杵は、地元の方々が大切に守ってきた味と伝統が残っています。

 

国宝臼杵石仏

古園石仏大日如来像に代表される臼杵石仏(磨崖仏)は、平安時代後期から鎌倉時代にかけて彫刻されたと言われています。
その規模と、数量において、また彫刻の質の高さにおいて、わが国を代表する石仏群であり、平成7年6月には磨崖仏では全国初、彫刻としても九州初の国宝に指定されました。
その数は、60余体にもおよび、このうち59体が国宝となりました。

二王座歴史の道・旧真光寺

二王座は、阿蘇山の火山灰が固まってできた凝灰岩の丘で、あちこちの岩を削り取って道を通しました。
特に、旧真光寺の前は「切り通し」と呼ばれる、臼杵を代表する景観のひとつで、平成5年11月には国の都市景観100選にも選ばれています。辻から入ると上級の武家屋敷が立ち並び、田町側から登っていくと、多くの寺が集まっています。この地域にかつて春日局も住んでいたとか。
二王座歴史の道は、昔日の名残を今もとどめています。

臼杵城跡

丹生島城・亀城とも呼ばれていた城跡です。
キリシタン大名として有名な大友宗麟の居城だったため、石垣にはアルファベットの様な文字が刻まれ、城内には礼拝所が、城下にはキリシタンの修練所があったそうです。築城当時は丹生島と呼ばれる孤島上の城郭で、周囲の海が天然の要害となり、堅固な守りを誇っていました。
大友氏以降、福原直高、太田一吉が城主を務めたのち、慶長5年(1600年)からは、美濃から入封した稲葉氏が廃藩置県まで15代にわたってこの城を居城とし臼杵藩の支配にあたっていました。廃藩置県後、明治6年(1873年)に臼杵城は廃城と決定され取り壊されました。
その後、本丸、二の丸は公園地に指定され、現在は2つの櫓と書院の庭園の一部、石垣などを残すだけで、臼杵公園として市民の憩いの場となっています。春はサクラの名所としても有名です。

風連鍾乳洞


風連洞は大正15年(1926)2月14日に地元川登村蒐光青年団の探検によって発見され、引き続き同年3目3日に発見された山上の 新洞と共に、昭和2年4月4日国の天然記念物に指定されました。
発見当時の入洞口は、深検洞として保存されています。
風連洞は閉 寒型の鍾乳洞であるため、鍾乳石が均整のとれた美しい形でよく成長しており、またその種類も豊富で、日本の代表的な鍾乳洞です。
夏でも非常に涼しく、「竜宮城」、「ヘリクタイト」、「端雲ノ滝」、「天上界」それぞれ独特の形をした鍾乳石を堪能できます。

 

 

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雨の臼杵へ
臼杵の古い仏さまは
凝灰岩の岩壁に刻まれた磨崖仏。
平安時代から鎌倉時代に彫られたらしいが、では誰が何のためにこのような大仕事をしたのかはっきりしたことはわかっていない。

佐賀関から臼杵(うすき)へ。
杵築と同様、こちらでも城下町散策。でも町並みの感じが違って面白い。臼杵城は残念ながら城跡のみ。切通があった。

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