金沢城石川門マウンテンバイクでサイクリング /自転車

マウンテンバイクで金沢城石川門までサイクリング。
2018.11.21 金沢は晴れ。
定点紅葉もみじはまだ見れる。
天気はもってくれるのか?

 

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兼六園と金沢城公園

出典:https://kenrokuen.or.jp/
金沢城公園は、加賀百万石前田家の居城であった城が一般に広く開放された歴史的空間です。外庭であった兼六園と共に石川県民の宝であり、多くの方にその素晴らしさを是非とも味わったいただきたいと思います。
重要文化財に指定されている「石川門」「三十間長屋」「鶴丸倉庫」のような歴史的な建造物、近年再建された「菱櫓・五十間長屋・橋爪門続櫓」の壮大さ、また本丸園地付近で感じられる豊富な植物や動物など、見どころがいっぱいです。ぜひ自転車でサイクリングがお勧め

金沢城公園の歴史

加賀一向一揆で支配権を握った本願寺が、天文15(1546)年に金沢御堂(尾山御坊)を建てた地に、天正8(1580)年、佐久間盛政が築城を開始しました。
天正11(1583)年、加賀初代藩主前田利家が能登から入城し(この様子が毎年6月の「金沢百万石まつり」での行列で再現されています)、本格的に城造りがなされました。慶長7(1602)年に天守閣が落雷による火災により焼失し、その後は江戸幕府への遠慮から再建されませんでした。
寛永8(1631)年の大火後には、もともと城内にあった武家屋敷は城外へ移されました。
宝暦9(1759)年の火災では城内のほとんどが焼かれましたが、その後は実用性を重んじた再建がなされ、二の丸を中心に整備されていきました。
現在、重要文化財に指定されている石川門は、天明8(1788)年に再建されたものです。また現在金沢城公園で唯一の有料施設となっている菱櫓・五十間長屋・橋爪門続櫓は、文化5(1808)年の二の丸火災後に再建されましたが、明治14(1881)年の火災で再び焼失し、平成13(2001)年に再建されました。

金沢城は明治以降、第二次世界大戦の終戦を迎えるまでは陸軍第九師団司令部が設置され、陸軍の拠点として使用されました。戦後は城内に国立金沢大学が置かれ、平成7(1995)年まで本部キャンパスとして利用されました。
その後「金沢大学跡地等利用懇話会」の提言により公園として整備され、「金沢城址公園」として一般に開放されました。平成13(2001)年には「金沢城公園」と改称され、第18回全国都市緑化フェア「夢みどりいしかわ2001」の主会場として利用されました。また翌年の平成14(2002)年には、NHKの大河ドラマ「利家とまつ」の放映に合わせたイベント「加賀百万石博」の会場となりました。
平成20(2008)年には、城内の鶴丸倉庫が国の重要文化財に指定され、金沢城自体も国指定史跡になりました。
平成22(2010)年に金沢城三御門の一つ河北門が再建され、内部が公開されています。
金沢城公園はこれからも加賀の歴史と文化を伝える公園として整備され、貴重な文化を後世に伝えていくことでしょう。

 

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昔にタイムスリップした感じがして、ワクワク

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